私たちがこの森に暮らし始めて、もうどれほどの月日が経ったのでしょう。中でも、特に思い出深いのは、やはりこのお話かしら。

 私はこれまで、あんなに美しく、皆から愛された王女様を見た事がなかったわ。だから、本当に残念だったのよ? 彼女が深く、長い眠りについた時には。




 ―――あれは、王女様がお生まれになった、お祝いのパーティの時だったわね。私達森の妖精は、生まれたばかりの王女様に、一人一つずつ、予言を授けるのが習わしなの。私達は全部で七人。

『王女様は、世界一美しくなられます』
『王女様は、世界中から愛されます』
『王女様は、世界一優しくなられます』

 私たちの予言は、絶対に外れる事はなく、王女様に贈られる、どの予言もとても素敵なものばかり。だけど、六人目の予言が終わるとき、パーティの会場の扉が乱暴に開けられたの。驚いた事に、そこにはもう一人、妖精が立っていたのよ。

 王様は、森の妖精全員を呼んだと思っていたの。私たちも、すっかり忘れていたのよ、彼女の事。長い間姿を見せず、ずっと森の奥に密かに暮らしていたのね。そんなわけで、忘れられてしまった彼女は、とても怒っていたの。

『この私を呼ばぬとは、どういうわけかしら』

 怒りもあらわに、彼女は王女様の側に近寄ったわ。そして、六人目の妖精を押し退け、彼女も予言をしたの。

『王女様は十六歳の誕生日、錘で自分を刺し、死んでしまうわ』

 会場にいた、誰もが驚き恐怖した。どよめきの収まらぬ場内で、最後の予言をするはずだった妖精が声を張り上げたの。

『王女様は死なないわ! 百年の眠りについたあと、再び目覚めるのよ!』

 恐怖の予言をした妖精は、悔し気にその場を去ったわ。けれど、予言は必ず外れる事はない。その事は、誰もがわかっていたの。





 王様は、城中の紡錘針を燃やしてしまったわ。王女様が、錘に刺されてしまわぬように。王女様は、美しく、優しく成長され、皆からそれはもう愛されていたの。けれど丁度十六歳の誕生日、王女様は倒れられられたわ。城に一本だけ残されてしまっていた、錘に刺されて。


 死んでしまったように、王女様は眠りについた。何もかも、予言通り。当然ね。私たち森の妖精の予言は、決して外れないのだから。王様も王妃様も、それはそれは悲しんで、城を離れてしまった。私は、王女様が目覚めたとき、王女様が困らないよう、城の者に魔法をかけた。王女様が目覚める百年後、彼らも目を覚ますように。城のコックも、メイドも、快くこの提案を受けてくれたわ。だって、みんな会いたかったのよ。百年後でも何でも、また美しく笑う王女様に。

 私は思うの。きっと、王様も王妃様も、出来る事なら城の者たちと共に眠りにつきたかったでしょう。そして、美しく優しい我が子の、声を聞きたかったでしょうね。

 けれどそれは出来なかった。そうなってしまえば、国はどうなるでしょう。王女様が眠りについたと言っても、国をほったらかしていい理由にはならなかったのよ。





 そして、月日は流れ、王女様の眠る城は百年の間、誰もよりつかなかった。一部では、恐ろしい化け物が住んでいるのだと噂されていたようね。けれどおわかりの通り、その城の塔の一番上の広い部屋には、世界一美しく優しい王女様が眠っていたの。




 百年後、隣国の王子様が、王女様の眠る城の近くまで狩りをしに来たの。そして、城に興味を持った。けれど彼の従者は王子様を引き止めた。

『あの城には怪物が住んでおります』

 でもね、私は本当の事を伝えたかった。だから、森の影から王子様に囁きかけたの。

『怪物なんて住んでいないわ。あの城の塔の天辺には、世界一美しい王女様が眠っているのよ』

 王子様は、きっと美しい王女様に興味を持ったのね。王子様は茨に囲まれた城へと足を向けたの。百年、誰も寄り付かなかった城は茨に囲まれてしまっていたけれど、不思議な事に、王子様を歓迎するように、茨がひとりでに囲いを解いたの。


『……おぉ、本当に美しい…』

 王子様は、塔の最上部に位置する部屋に足を踏み入れた瞬間、その中心にある大きなベッドで眠る、王女様に目を奪われた。そして、ゆっくりと歩み寄ったの。


 するとね、丁度その時、百年目の鐘がなったの。


 王女様は、その美しい瞼をふるわせ、ゆっくりと目を開いた。そして起き上がると、目の前に立つ王子様ににこりと笑いかけたの。王子様はすぐに恋に落ちたわ。王女様と一緒に目覚めた使用人達をも連れて、自分の国に王女様を連れて帰ったの。王女様も、王子様に恋をしてしまったから、二人の結婚はすぐに行われたわ。それはそれは、盛大に。


 そして、王女様と王子様は二人の子供を授かり、めでたしめでたし。

 …で、終われば良かったのよね。



 お妃様、つまり、王子様のお母様は、二人の結婚に酷く反対していたの。自分よりも美しく、どこから出て来た姫なのかも定かではない王女様が、国民からも絶大な人気を得ている事も、きっと疎ましかったのね。けれど何より、王妃様は、とても王子様を愛していた。親としての愛にしては、かなり病的な程ね。


 王妃様は、家来を呼び寄せ、まずはこう命じたの。

『あの下の子供の肉が食べたいわ』

 あぁ、まず言っておかなければならないわね。王妃様は、人食いだったのよ。前王妃様が、王子様の本当のお母様なのだけれど、その王妃様も突然に行方知れずになり、その後がまに入ったのが、彼女だったのよ。私は、前王妃様は彼女に食べられてしまったのではと思っているわ。真相は定かではないけれどね。とにかく、王妃様は、王子様を奪った何もかもを憎んでいた。だから、王女様の下の子供を最初に食べたがったの。

 けれど、王女様はとても愛されていたの。だから命じられた家来も、王女様の子供を殺すことなんてできなかった。家来は、子供を隠し、子山羊の肉をスープにして王妃様に差し出した。王妃様はすっかり騙されて、満足したようだったわ。だけど、これで終わりではなかったの。

 王妃様は、今度は上の子供も食べたがった。家来はまた、子山羊の肉を差し出した。そして次には、王女様の肉を食べたがった。家来は王女様を子供たちと共に匿い、雌山羊の肉を差し出したの。


 王妃様は、満足していたわ。もう、この世に王子様を取るものはいないと思い込んで。けれど、王子様が度々どこかに出かけるのを、王妃様は見逃さなかった。そしてあとを追う内に、王女様達の暮らす屋敷を見つけてしまったの。


 怒った王妃様は、直接王女様を手にかけようとしたわ。けれど、そこには王子様もいたの。


 きっと、…きっとね、彼女も寂しかったんだと思うわ。人食いと言えど、一度は王様に愛されていた王妃様だったんだもの。けれど、いつしか王様の愛は薄れ、優しい王子様に縋るしかなかったのね。


 彼女は、王女様に手をかけようと、短剣を振りかざした。けれど、王子様に取り押さえられてしまったの。王子様は、王妃様に軽蔑の眼差しを向けた。そして、王妃様はその瞳に耐えられず、狂ってしまったの。王妃様は一人で暴れると、突然キッチンへと入っていったの。そして油を掴み、全身にあびると、燃え滾る火の中に飛び込んでしまった。


 耳をつんざく様な悲鳴が止んだ頃、王女様たちが避難していた屋敷は火に包まれてしまっていた。王女様と王子様、そして二人の子供達は城に戻る事になったの。




 城に戻り、二人は平和に暮らしたわ。

 燃えた屋敷のあった場所には、墓標が立てられたわ。せめて、彼女が死後の世界で安らかであるようにと、王女様が提案し、立てさせたものよ。





「あら、嫌だわ。もうこんな時間なの? 急がなくっちゃ。遅れてしまっては大変!」

 王女様と王子様は、それは幸せそうに暮らしているわ。今日は、三人目の子供の誕生パーティなのよ。さて、どんな予言が出るかしらね。


 あ、そうそう、今日のパーティには、七人の妖精が出席するの。あの恐ろしい予言をした妖精も、今はもう反省してるみたい。だから、きっと素敵なパーティになるわ。


 まだもう少し話したかったのだけれど、思い出話はまた今度ね。じゃぁ、行ってくるわ。