第一夜 新吉原

 宵の闇に包まれながら



 今を盛りと明かりを灯す。







 華やぐ街で、囚われの色香に誘われるは男の性と言うならば



 赤い唇を唾液で濡らし、甘い言葉で惑わすが



 この街に舞う、夜の蝶。




◇◆◇第一夜 新吉原◇◆◇




 昭和に制定された売春防止法は近年緩和され、国に税を納めること、そして定められた場所以外には店を構えぬことを条件に、ほとんどなくなってしまったようなものだった。娼婦の扱いに関してこまごまとした取り決めがされていたが、閉鎖的なその内情は、密告以外に実態をあばくすべはなく、政府関係者の御得意も多い中警察も迂闊に手を出せないために、その扱いは店に寄ってかなり差があるのが現状だった。そうして出来た電飾がきらびやかに飾る歓楽街で、古き良き吉原を復活させようという風潮が生まれた。



 電光も届かない程の、歓楽街のそのまた奥。紅い大門をくぐればそこには時代を超えた花街がある。吉原に生きた伝統を引き継ぎながら、見世が立ち並ぶその街を、人々はいつからか新吉原と呼んでいた。




 吉原で一、二を争う大見世である、夕霧廊《ゆうぎりろう》。そこでは幼少期は禿《かぶろ》と呼ばれ、十五になると新造《しんぞう》と呼ばれるようになる。そして十八になり”水揚げ《みずあげ》”を済ませると、遊女として客をとるのだ。その見世の一番の遊女は、太夫御職《たゆうおしょく》と呼ばれた。教養高く、気高く、なにより美しく。この名を取る事が、遊女達の憧れとされていた。




◆◇◆◇◆




「―――――っ!!」

 子供の頃の夢に驚き、玲奈《れな》は目を覚ました。

(………朝…)

 日を見れば、もうそろそろ起きなければならない時間だ。朝の支度を整え、階下に降りる。

(…あ…そっか…もう姉さん達の朝の支度の手伝いをしなくて良いんだった…)

 十八歳を迎える玲奈は、誕生日を境に新造から遊女となる。玲奈がここに売られてきたのは、彼女が五歳の時だった。先輩遊女は全て姉さんと呼び、禿や新造は生活に必要なものを身の回りの世話をする姉さんに工面してもらうことになっていた。けれど、玲奈はもうすぐ自立する。禿や新造を取るのは売れっ妓で、それなりに収入がある者だけだ。自立したらなによりもまず、自分で客を取り、収入を得なくてはならない。生活が出来ない程に売れない遊女は、この夕霧廊を追われ、格下の見世に引き渡されてしまうのだ。




◆◇◆◇◆




 あと数日の後、玲奈は水揚げを控えていた。相手はまだ聞かされてはいないが、大見世であるのでしっかりとした身の上の旦那を選んでくれるのだろうと思う。初めて男を知る儀式である水揚げは、見世が御得意に頼むか、紹介などで相手を決める。夕霧廊は格も高く、そのプライド故に遊女の教養や気だてなどに厳しいが、その分客側もしっかりとしていなければ登楼することは出来なかった。



「あぁ桔梗《ききょう》、水揚げに関してお話があります」

「あ、はい」

 玲奈は、この見世に売られてからは本当の名を名乗る事は許されず、新たに「桔梗」と名付けられていた。見世の遣り手は、莉堂進《りどうすすむ》という。遣り手とは見世の内部のことをすべて任されているもののことで、遊女たちを管理するのが彼の最大の仕事だ。彼に促され、部屋の一つに入った。全てが古き良き吉原を再現したこの新吉原では、現代の利器などはどうしても必要なもの意外はあまり使われていない。建物も、服装も、大門からなる塀に囲まれたこの新吉原内全てが、どこか情緒を思わせる江戸の様式を真似ていた。

 座るように促され、玲奈は莉堂の向かいに正座した。

「水揚げの相手方が決まりました」

 とうとう決まったのかと、玲奈は莉堂の次の言葉を待つ。

「お前は引込として多くの方がその役を買って出てくれましたが、その中で桁が違う程の額を提示されて。お名前を西城千秋様と言います。くれぐれも粗相のないようにしてくださいね」

 引込とは、将来太夫御職を争うだろうと予想される、言わば有望株を言う。引込禿、引込新造と呼ばれるためには、顔立ちが良いことを前提に、器量も備えてなければならない。

「…はい。ありがとうございます」

 三つ指をついて丁寧に礼をし、玲奈はその部屋を辞した。

(…西城…千秋様…)

 新造時代に、夜の技巧は姉さんによく教えられてきた。五歳で売られて来た時から、いつかはこうなるのだとわかっていた。覚悟していたはずの水揚げの日は、もうそこまで迫っているのだ。

(…優しい人ならいいな…)

 世話になった見世に、返したいという気持ちもあった。これから客を取る毎日を思えば、辛くなることもあったけれど、年季が明けるまで奉仕を続ける、もしくは売れっことなり自分の売値を返す事が出来れば、この新吉原をでることが出来る。



 決して幸福とは言えない身の上を、嘆いていても仕方がないことだった。自分を売った母親は、今どこにいるのかわからない。どこかで、玲奈を売ったお金で生計を立て直し、生きていてくれればそれでいい。売られたことはとても悲しかったけれど、今では仕方がなかったのだと割り切れていると思う。





 顔も知らない、これから抱かれる多くの人に不安を抱きながらも、水揚げの日は無情にやってくるのだった。



[2019年 3月 13日改]