第二夜 水揚げ 









 朝の光が 



 その部屋に差すことはない







 どんよりとした薄暗の中



 きついアルコール臭に眉を寄せる







 連れ出されたその部屋に



 もう戻る事はなかった




◇◆◇第二夜 水揚げ◇◆◇




 朝、玲奈は綺麗な着物を着せられ、その上に鮮やかな刺繍が施された仕掛しかけを羽織る。この用意は、禿や新造を抱えるまでは一人ですることになるが、まだ慣れない始めのうちは他の遊女付きの新造達が手伝ってくれる事になっていた。腰まで伸びる漆黒の艶髪を結い上げ、簪をさす。

「桔梗姉さん、準備できました」

「ではお連れして」

 新造と遣り手が、玲奈の前を歩く。歩く先にあるのは、水揚げのために建てられた離れだった。




◆◇◆◇◆




「遊女をお連れしました。失礼いたします」

 莉堂が上品に襖を引く。仕来り通り、玲奈は顔を下げていた。良いと言われるまでは顔を上げる事は許されない。そのまま莉堂に促され、紅い座布団の上に静かに座る。

「では、私はこれで」

 莉堂の下がった部屋には、奇妙な沈黙が降りていた。

「…顔、あげれば」

 予想外にくだけた物言いと、若い声に驚きながらも玲奈は顔をあげた。

(……え……?)

 肘掛けにもたれて優雅に浴衣を着崩し、こちらを見ている男は、予想していたよりもずっと若い男だった。

「…話すのも、禁止されてるんだっけ?」

 どこかこの遊郭に似合わない男は、けれど反面よく馴染んでいるようにも見える。

「あ、いえ…。はじめまして、桔梗と申します。西城様とこの夜を過ごせる事、嬉しく思います」

 それは水揚げされる遊女が、必ず言う常套句だった。

「…そう」

 千秋はそう言ったまま、また妙な空気が流れる。

(…ど、…どうすれば良いんだろう…)

 玲奈が思案していると、今まで頬杖をついて動かなかった千秋がふいに動いた。

「床杯《とこさかずき》を交わすんだよね? 悪いけど、仕来りはよく知らないんだ。新吉原に来たのは初めてで…自己流だけど、何か変だったら言ってね」

 そう言って側に置かれていた盆から銚子を取り、盃に注いだ。自己流という割に、その動作は目を奪う程に優雅だった。三三九度の真似事をし、その儀式を終える。次に待っているのは床入りだった。

 盃を置いてゆっくりと玲奈を振り返る千秋の視線に、さっきまではなかった色が灯っているように思える。千秋は目の端でちらと奥の間への扉を見て、玲奈に手を伸ばす。

「……?」

 何を言うよりも早く、身体が浮き上がった。着物と仕掛けが合わさって、相当に重いはずなのに、千秋は軽々と玲奈を運んで行く。扉を開いた先には、見事な金糸の刺繍のついた紅い褥が敷かれていた。

「ははっやっぱりこういう所は風流なんだね」

 その部屋を見て、玲奈は固まってしまった。話には何度となく聞いていたが、いざ現実となってみるとあまりに圧倒的に玲奈の心を圧迫してくる。千秋は褥の上に玲奈をゆっくりと降ろした。緊張と恐怖で、手の先が冷たい。

「遊女って、水揚げするまでは処女なの?」

「ぇ…」

 あまりに直接的な聞き方に、玲奈は思わず赤面してしまった。

 遊女となる以上、そんな言葉に恥ずかしがっていてはいけないと思うものの、そういう感情はなかなか抑えられるものではない。見つめて来る瞳を、思わずそらしてしまいそうになる。

「は…はい…」

 不安が滲んでいたのだろうか、千秋は桔梗の答えを聞いて少し微笑んで、頭を撫でる。

「…そう。じゃぁ、今夜は無理はしないから。…桔梗って呼べばいい?」

 千秋の態度と、その言葉に玲奈はほっとした。

(悪い人じゃなさそう…よかった…)

「はい、西城様」

「……連れないね。杯まで交わしたんだからさ、千秋って呼んで…?」

 千秋の瞳は、髪の色よりも更に薄い。吸い込まれてしまいそうな程澄んだその瞳に、今度は反らせなくなっていた。

「……千秋…様…」

「くすくす。まぁ、それでいいか」

 客をまさか呼び捨てるわけにはいかない。今日の水揚げのために、千秋がどれほどの金を払っているのかは聞いていないが、彼は未熟な自分を買ってくれているのだ。





「…緊張する…?」

 千秋の手が、玲奈の頬を撫でる。その動き一つ一つが気になって、鼓動が高まっていた。

「は…い…」

「怖くないよ…」

 撫でていた手が顎を持ち上げ、千秋が唇を寄せる。最初は触れるだけ。何度か啄んで、その柔らかさを味わうように濡らして行く。

「口…開けて…」

 玲奈が命令に従って薄く唇を開けば、千秋の舌が口内に侵入して来る。

「ん…」

 初めてするキスに、息苦しさを覚えながら、ふわふわと浮遊する様な不思議な感覚を覚えていた。玲奈を抱き寄せていた手が、帯に掛けられる。前で高く結ばれていた帯を少し緩め、その隙間から手が入れられた。

「―――っ」

 止まないキスに溶けていた思考は、冷たい手が肌に触れた所で戻された。肌襦袢の下には何も着けていない。直接触れる大きな手に、玲奈は小さく身震いした。

「あぁ、冷たかった? ごめんね」

「あ、…いえ…」

 差し入れられた手が、ゆっくりと下がる。

「…っん」

 胸までいきついたその手が、今度は緩慢に揉み始める。千秋が指先で頂を弾けば、背中にしびれる様な感覚が走った。

「んっ!」

 千秋はそうして身体を触る間にも、唇を離す事は無く、初めて感じる甘いしびれと息苦しくなる呼吸に、気づけばただ千秋の浴衣の袖にしがみついていた。そうして膝に抱えられるように座っていた玲奈を、千秋はゆっくりと倒す。

 本当は、客になにもかもやらせるのではなく、玲奈も遊女としてなにか奉仕しなければならないと思う。けれど姉さん方から聞いていたその行為を、実際にやるとなると話が違う。初めての事に緊張するのが精一杯で、とても自ら奉仕できるような状態ではなかった。

「……なにを考えているの…?」

 そんなことをぐるぐると考えていた玲奈は、千秋の言葉で現実に引き戻された。

「ぁ…」

 玲奈が答えに迷っている間にも、千秋は残る帯を引き抜き、脚に手を這わせて来る。

「ん…っあ、あの…」

「ん…?」

 ゆるく微笑む千秋の瞳を見つめながら、玲奈は真っ赤になって口にした。

「あの、千秋様…に、ご奉仕を…」

 明日から、玲奈は客を取らなければならない。遊女として自立していくためには、どうしても。千秋はその申し出に少し驚いた様な顔をしていたが、すぐに理解して微笑んでくれる。

「あぁ…、これからそれが仕事になるんだもんね。じゃぁ、頑張って貰おうかな」

 千秋が腕の下に手を差し入れて起こし、自分は後ろに手をついて座る。玲奈はつばを飲み込んで、千秋の股の間に身を屈ませた。

「…し、失礼します…」

 浴衣をずらせば露になるそれに、思わず躊躇してしまう。これが自分の中に本当に入るのかと恐怖した。止まってしまった玲奈の動きを面白そうに観察しながら、千秋は待ってくれていた。

「…無理なら今日はしなくていいよ?」

「いえ…」

 玲奈は意を決して、千秋のものに唇を寄せる。先にちゅとキスで挨拶をする。根元を手でしごきながら、拙くも一生懸命奉仕した。緩く起っていた男のそれは、愛撫すればするほどに質量を増すようだった。

「…もういいよ、桔梗」

「…ぇ…」

 気持ちよく無かったのだろうかと、不安気に見上げた玲奈の頭を撫でて、千秋は苦笑する。

「気持ちよかったけど、それよりも早く桔梗の中に入りたいと思って」



「…ん…」

 先ほどと同じように唇を重ね、再び紅い褥に横たえられる。脚を這う手は、さっきよりもずっと性急になっているようだった。着物を払い、その中心に手を潜ませる。

「…すごい…夜の蝶とはよくいったものだね」

「…え…? あっん…」

 紅い褥に広がる着物は、まるで蝶が羽を広げている様な姿だった。その美しい羽を広げ、女の匂いを振りまき、雄を誘惑して止まない魔性。引き寄せればもう逃げることは許されないとでも言いた気なそれを見て、彼はくすと笑う。玲奈の唇を離した千秋は、今度は胸に唇を寄せた。

「…っんっ」

 先端を含まれて、甘噛みされながら引っ張られる。舌が周りをちろちろと嘗め、先ほど感じたしびれが下腹に伝わる。千秋の手が、玲奈のそこを擦った。

「――――っ!」

 愛芽を擦られる快感が、電流の様に流れた。胸をいじられるものとは比べようもないその刺激に、玲奈は思わず脚を閉じる。胸に顔を埋めていた千秋が、玲奈を戒めるように顔を上げた。

「…ぁ…す、みません…」

 玲奈は恐る恐る自ら脚を開く。

「…ふ、いいこだね…」

 再開された指の動きに身体がびくびくと反応する。

「…指入れるよ…」

 千秋の言葉を頭が理解するよりも早く、長い指が割れ目を押し入って来る。

「…っっ!」

「…こんな狭いのに、俺のなんて入るかなぁ」

 指でさえ、その存在を強く感じた。肉を押しのけて進もうとするそれの行方を阻むかのように、筋肉が無意識に外に押し出そうとする。何度か抜き差しを繰り返しながら、千秋はまた胸をいじり始めた。入れられた指と、愛芽を擦る親指と、胸を食む唇。痛いのか気持ち良いのかわからないむずむずとした感覚が、玲奈を支配しようとしていた。

「…っぁっ―――っ!!」

 感覚が玲奈を追いつめ、それが去って目をあけると、千秋が玲奈を覗き込んでいた。

「イっちゃった?」

(……これが、いくって感覚…?)

 千秋は微笑むと、また指を中に差し入れる。今度は二本、そして三本と増やして行く。中から溢れる愛液が、その動きを滑らかにしていた。

「…桔梗、そろそろ…」

 千秋の言葉に、玲奈はまた身を固くした。

「そういえば、薬を飲んでいるんだっけ?」

 千秋が少し部屋を見回してから、玲奈に問う。さすがにその意味がわからない玲奈ではない。

「ぁ…はい」

 部屋の中にある鏡台の引き出しには、避妊具や潤滑剤が入っているが、遊女達は毎日欠かさずに避妊薬を飲む事になっていた。大見世であるこの見世では一応避妊具を着けるのが決まりになってはいるが、実質それはあってないような決まりだった。だから店側は、大切な商売道具である遊女が万が一にも妊娠しないように彼女達にそれを義務づけるのだ。

 脚を持ち上げられ、指とは圧倒的に違うそれが押し当てられる。玲奈にキスを落としながら、千秋はゆっくりと侵入した。

「…っんっ―――っあぁっ」

 数度腰を揺らし、その度に更に奥へと入って来る。

(…い……たい……!!)

 初めては痛いとは聞いていた。けれどまさかこのような傷みとは。どうしてこれを、仕事としている者がいるのだろう。

『慣れればどうってことないわよ』

 先輩の姉さんの中でも、特に目をかけてくれた櫻さくら姉さんはそう言っていた。これに、慣れる時がくるのだろうか。泣いてはだめと思うのに、玲奈は生理的にこぼれるらしい涙を止められずにいた。千秋が、玲奈を覗き込む。

「桔梗……全部、入ったよ。…大丈夫…?」

「……っは、い…」

 息をうまく吐けないために、声が詰まる。千秋には玲奈が無理していることはばればれだろう。くすくすと笑う千秋の振動が、玲奈にまで伝わってまた息をつめる。

「あぁ、ごめん。馴染むまで待つから、無理しなくていいよ」

(……優しい…)

 新吉原の遊女の中では、財力や権力に押されて見世側が断れず、あまり評判の良くない者に水揚げを任せられてしまったという話も少なくなく聞いていた。この夕霧廊の中ではそれほど多くはないが、それでも無くはないのだ。それに比べて、玲奈は千秋に水揚げを買ってもらえて幸せだったと思う。



 しばらくして、玲奈が落ち着いたと見た千秋は、その腰を揺らし始めた。

「…っあぁっんっ……んんっ」

 木造の部屋に響く卑猥な声が、千秋の鼓膜を気持ち良く揺らす。猛りを穿たれながらも、千秋の瞳に移る玲奈の姿は汚れなく美しかった。




◆◇◆◇◆




(桔梗…、優美とはまさに君のことだね)

 下で啼く玲奈を犯しながら、千秋は口元をゆるめた。新吉原に来たのは、ただの興味だった。友人の一人に夕霧廊を紹介され、どうせなら水揚げを買って馴染みになろうと遣り手に相談した。

『あぁ、丁度今水揚げの旦那をお待ちしているこがいますよ。どの方にしようか迷っているのですが』

 新吉原でも吉原同様に、一人の遊女と馴染みになると、他の遊女の元に揚がってはならないという不文律がある。馴染みを作らず渡り歩くのもいいが、馴染みを育てて行くのも一興と、まだ男をしらない娘を、遊女として育てて行くことにしたのだ。桔梗を紹介され、似顔絵をみて気に入ったから買った。遣り手の示した金額が、相場かどうかはわからなかったけれど、金は腐る程あるのだから関係ない。当たりであれば儲け物だし、はずれならばもう新吉原には来なければ良い話。

 けれど、似顔絵で見た桔梗よりも、彼女はずっと愛らしかった。少し、実物よりも大人びて描かれていたのだろうか。戸惑い気味に見上げて来たその小さな顔は、しかし今は淫らにゆがめられている。

(女って恐ろしいな…)

 実年齢より少し幼く見えた桔梗は、花開くと言ったように、甘美な蜜で千秋を誘う。

(さながら俺は、蜜に群がる蜂のようなものかな)

 自分の思考にく、と笑いながら、一際強く中を穿った。





 白濁を中に注ぎながら、これから育てていく楽しみを想像せずにはいられなかった。






[2019年 3月 13日改]