第四夜 夜技 










 今ならわかる



 あの時感じた違和感も

 



 母の声は常と違って



 なにか苦しそうでもあり



 どこか嬉しそうでもあった





 ノブに掛けられた紅い布は



 その時の合図





 わたしは引き返して



 ひとりまたうずくまるの




◇◆◇第四夜 夜技◇◆◇




 その日はやはり言われた通り、千秋は夕霧廊には来なかった。遊女となって与えられた自分の部屋の窓からは、夕霧廊の庭が見える。広い敷地につくられた、池や木々のざわめきが耳に心地よい。玲奈は窓の外を見ながら、子供の頃を思い出していた。





 夕霧廊に来たころは、何もかも今までと違うことに戸惑ってなかなか馴染めなかった。最初についた姉さんは気が強く、五歳と幼く何もできない玲奈に辛く当ることが多かった。それでも、しばらくすれば自分のやるべき事を覚えだし、七歳になったころには自分の身の回りのこと位は大抵できるようになっていた。まだまだ他の禿や新造達に比べれば役には立たないけれど、その一生懸命さが伝わったのか、次についた姉さんには随分よくしてもらった。

 禿時代が終わり、新造として客の前に出るようになった。人気の遊女は日に何人も客を取るので、後に来た客が退屈しないように新造が話の相手をするのだ。新造に手を出してはいけないことになっていたけれど、たまにルール違反をする客もいた。最初のうち、そんな客が怖くてなかなか逃げ出せなかった。犯される事がなかったのは、運がいい意外のなにものでもなかったと思う。それを姉さんに相談すると、客のあしらい方を教えてくれた。

 一生懸命でよく動き、可愛いと玲奈は姉さん方に好かれる事が多かったけれど、当然それを邪魔に思う人もいた。新造時代の終わりが近づけば、もうすぐ同じ土俵に上がる玲奈を、今までは可愛がってくれていた姉さんも敵視するようになる。

(……あの大門を出るとき、私は幸せなのかな…)

 庭よりも更に遠くを見れば、夜の中灯りを灯された大門が見える。客が行き交い賑わうその門は、新吉原の女達にとっては高くて冷たい壁だった。足抜けをしようとして大門で捕まり、見世に戻され折檻されたあげく、命を落とすというような話もあるようだった。現代においてそんなことが許されるとは思えないが、封鎖的なこの新吉原ではあることなのかもしれない。

 あと何年、ここで男を受け入れ続ければ出られるのか。そんな不安を大抵の遊女は持っている。



(考えても、仕方がないね…)

 幸せが、どんな形なのかわかれば良いのに。そうしたら、みんなでそれを探すのに。玲奈は物思いをしている間に冷えた自分の身体に気がついて、窓を閉めた。




◆◇◆◇◆




 次の日の夜、千秋は夕霧廊にやってきた。

「お待ちしておりました、千秋様」

「うん。その簪、良く似合うね」

 出会いの挨拶のついでにほめる千秋に頬を染めながら、部屋へと案内する。遊女の部屋に入れるのは、その夜で一番格の高い客となっている。今日は千秋が一晩丸々買っているので関係ないが、そうでなくても千秋ならば来た日は必ずここに通す事になるだろうと思った。



 お酒の用意をし、見世の料理を頼む千秋の相伴に預かる。

「ここの料理はおいしいね。ほら、桔梗」

 そう言ってすっと顎を掬い、玲奈の口元に箸を差し出す。自然なその動きに、玲奈は素直に口を開いた。

「ね」

 微笑む千秋に、玲奈も微笑み返した。お酒も随分進んでいるが、千秋は強いのかあまり酔ってはいないようだった。あらかた食べ終わってくつろぐ千秋が、玲奈を招き寄せる。側まで寄れば、腕を引かれ、そのまま胸の中につっこんでしまった。

「…っ千秋様っ酔っていらっしゃるんですか…っ?」

 慌てて身体を起こした玲奈は、目の前に迫った千秋の顔に言葉を失った。

「…ん? 酔ってないよ」

 その瞳に覗き込まれれば、どんな女もひとたまりもないのではと思う。

「桔梗も飲まないの?」

「…未成年ですので」

「あぁ、そうか」

 千秋の唇が、玲奈のそれに触れる。玲奈は飲んではいないのに、部屋に満ちる酒の匂いに少しくらくらしていた。千秋の舌を受け入れながら、身体を這う手の感触に緊張する。

「…んっ……ん…」

 深くなる口づけは、水揚げの時にされていたものよりももっと濃厚だった。

「ふぅ……、ん…」

「くす、色っぽい声だすね」

 千秋は帯を解きながら、そんなことを言う。赤くなる玲奈の顔を面白そうに見つめながら、また唇を塞ぐのだ。



 千秋と肌を合わせるのは、これで二回目。同時に男に身を任せるのもこれで二回目になる。最初の時程ではないが、それでも緊張は取れなかった。

「…明日からは、桔梗も一人前に客をとらなきゃね…」

「…っんっ」

 尖り始めた胸を食みながら話す千秋。その唇の動きが、思わぬ形で刺激となる。肌に直接伝わってくる様な声にも、玲奈は感じていた。

「…桔梗、今日は明日からに備えて練習しようか」

 千秋の提案に、玲奈は首を傾げる。

(……練習…)

 千秋は不思議そうに見つめる玲奈の唇にちゅ、とキスをして、その身体を起こした。

「…結局は、桔梗の中に男を受け入れて、いかせるまでは終われないのはわかるでしょ?」

「…っ」

 千秋はこんな風に、別に照れるでもなく確信を言う。

「だったら、早く終わる為にはどうすればいい…?」

 無邪気な微笑みが、妖艶に玲奈を誘っている。自分で答えを探すのは、そう難しいことではなかった。玲奈は、誘われるように自分から唇を寄せる。そして屈んで、千秋のまだ起き上がっていないものを取り出した。

「……そう、いいこだね…」

 姉さん方からも、いちいち客から入れてくるのを待っていてはダメだと言われていた。一晩に何人もの客の相手をする売れっこになると、多くの客をその分またせてしまうことになる。いちいち湯を使うことを考えても、一人一人を早く終わらせるにこしたことはない。

「…可愛いよ…桔梗」

 髪をいじっていたその手が、手持ち無沙汰とばかりに胸に伸ばされる。

「…―――っん」

 胸からくる刺激で、集中できない。

「ほら、止まってるよ…?」

 からかう様な声が、頭上に降る。



 気持ちよくするのはどうすればいいのか、千秋は玲奈に教えてくれた。

「…っ桔梗、出すよ…」

 少し余裕のない息使いが聞こえたかと思うと、千秋は玲奈の頭を抑えて口内にそれを吐き出した。

「…飲める…? 無理なら出していい」

 顔を上げた玲奈は、口の中のものを飲み込んだ。とろりとしたその液体は、とてもおいしいと言えるものではなかったけれど、千秋のものだと思えば不思議と飲み下すことができた。千秋はそんな玲奈を見てくすと笑い、側にあった酒を口に含んでキスをする。

「…っんん…」

 冷たい液体に喉を潤しながら、そのまま舌を受け入れていた。千秋の指が、ゆっくりと腹を伝ってその場所を擦る。最初から指を入れられ、やはりまだ慣れない玲奈は身を固くした。

「…まだきつい…?」

 聞かれれば、首を振る。けれど千秋にそんな嘘が通じるはずもなかった。

「…そう。じゃぁ、お返しに」

 玲奈を褥に倒して、脚を持ち上げる。中を覗き込まれる感覚に、思わず声をあげた。

「えっあの…っ!」

 覗き込むばかりか、千秋はその場所に顔を埋めた。

「ひぁ…っっ!? あ、…っやぁ…っ」

 客のすることには基本的に従順でなければならないが、その行為は玲奈の知識を超えたものだった。指とは質の違う、柔らかい肉塊が、中をかき回す。

「…っんんっっ! あんっ……っんっっ」

 そこを千秋に見られているのかと思えば、羞恥に身体がほてる。そして器用なその舌からもたらされる快感に、玲奈はただ喘ぐしかなかった。

「んっんっ――――っ!」

 あっけなく達し、その余韻もないままに千秋のものが押し当てられる。ず、と入って来る感覚に、目をつぶって息を吐き、全てが収まるのを待った。

「……きついね…」

 吐息混じりに呟く声にも身をふるわせる玲奈に、千秋は優しく微笑んだ。

「…っあぁっっ! …んっんっぅ…!」

 浴衣を着ていると華奢に見える千秋の身体には程よく筋肉がのり、玲奈を支えるのになんら苦労はしない。

「……そう、もっと聞かせて…」

「んっあっも、……―――っ!!」



 玲奈が何回目かにいくときに、千秋も一緒にはじけるのを感じた。









[2019年 3月 13日改]