第六夜 泡沫《うたかた》




 





 大きな手に引かれて



 綺麗な電飾を通り過ぎる





 それが外の世界との最後とも知らず



 久しぶりに連れ出されたことに喜んでた





 繋いだ手が離されたとき



 あなたは初めて笑ったの




◇◆◇第六夜 泡沫◇◆◇




「あぁっんっいいーーっもっと、千秋さん…っんんっ」

 女の身体を揺らしながら、今日の会議を振り返る。小さい頃から当然のように、跡取りとして会社を継ぐ為にと、ありとあらゆる知識を詰め込まれてきた。

(…つまらないな)

 女と交わりながらも、頭は既に違う所で仕事をしている。こんなことは特に珍しいことでもなかった。少年と呼ばれる様な年齢の時から、一回りも二回りも違う女と関係を持っていた。どこか垢抜けた自分の態度は、異性同性問わず惹き付けてしまうようだった。それを断る事もなく、どんなことでも受け入れてきた。決して自分のものにならないと思っていたものが、簡単に自分の手に落ちる感覚を、彼女達は覚えたのかもしれない。千秋からすれば、見当違いもいいところだった。誰と身体を交えても、誰のものにもなりはしない。

『どうして愛してくれないの…!? こんなに愛してるのに…!』

 女達は、自分に都合のいい夢しかみない。愛を与えれば、その分返って来ると思っている。千秋の上辺しか見ていなかったくせに、イメージと違うと言って癇癪を起こす。そんな彼女たちを、千秋は冷めた目で見ていた。



 誘われれば、誰彼構わず抱いた。特になにも思わなかった。その行為が嫌いなわけでもない。憂さ晴らしに乱暴にしても、文句を言われる筋合いはない。



 服を掴んだ桔梗の顔を、思い出した。なにかと問えば、なんでもないと返す。最近の話を聞けば、順調に客を付け、このまま行けば二年後くらいには御職も目じゃないのではと噂されているようだった。元々愛らしい顔立ちではあったけれど、美しい遊女が揃う夕霧廊で御職を張るとなると大変だろう。そんな噂がたつ程ならば、遊女としての素質も持っていたのかもしれない。



「あっあぁんっんっ千秋さんっ」

 女の喘ぎに思考を遮られ、千秋は浅くため息をつく。その時、ドアがノックされる音が響いた。無遠慮に開けられるドアを見て、誰だかを確信する。今日の会議にも出ていたから、どうせ後で寄るだろうと思っていた。

 女を離して、身なりを軽く整える。放り出されたその女は投げ出された服を抱え、そそくさと部屋から出て行った。



「…お前ね…秘書に手を出すなって…」

「手を出してきたのはあっちの方だよ」

「お前がそんなだから秘書がころころ変わんだぞ」

 長いため息を吐きながら、学はどさっとソファに座る。

「今日お前この後空いてるんだろ?」

「まぁ、空いてるけど」

「夕霧廊行こうぜ」




◆◇◆◇◆




 大門を抜け、夕霧廊に向かう。行き交う人々が、千秋に振り返る。彼が歩くだけで、周りの空気が澄んで行くようだった。

「や〜…お前連れて歩くと下手に女連れて歩くよりも優越感感じるな〜」

「…そう」

 学の話に半分付き合いながら、ついた時にはもう十一時を過ぎていた。馴染みのいない学は早速手頃なこを張り見世で見つけたようで、「お先〜」と陽気に去って行く。千秋は桔梗の姿がなかったので、遣り手を捕まえれば、今日はあと一人分待たなければならないと言われた。新造と何気ない話をしながら待っていると、ぱたぱたと廊下を走る音が聞こえ、人影が部屋の前で立ち止まった。今日通されたのは、先の客が本部屋を使っているということで、回し部屋と呼ばれる部屋だ。身なりを整えているのだろう、少し間があいた後、襖が引かれる。

 前に逢った時から、十日程経っているだろうか。新造と入れ違いに入ってきた桔梗にゆっくりと視線をやれば、彼女はほっとしたように微笑んでみせた。




◆◇◆◇◆




 莉堂に千秋が登楼していることを告げられてから、急いで湯を使い、着物を着るのも煩わしい程あわてて準備して部屋まで来た。部屋の前、気持ちを落ち着ける為に今一度身嗜みを整えて、その襖を引いた。新造と笑いながら話をしている千秋の姿に、少し胸が苦しくなったけれど、入れ違いに部屋に入ると千秋が顔を上げ、久しぶりに見る柔らかい笑顔に安堵した。

「久しぶりだね、桔梗」

「はい。今日伺うと聞いていなかったので、お待たせしてしまってすみません」

「構わないよ」

 千秋の手に招き寄せられて、玲奈はその側に座った。お酒を注ぎながら、千秋がいることで早まる鼓動を抑えようとする。

「最近、仕事の調子が良いんだって?」

「……ぇ…?」

 何を言われたのかと、顔を上げた。千秋は普段と変わらず優雅に杯を傾ける。

「上客の馴染みができたって聞いたよ?」

「……はい…」

 今まで嬉しさに高まっていた鼓動が、変に脈打つ。それを、玲奈に言わせてどうしようというのだろう。玲奈の仕事の調子が良いという事は、その分多くの男達に抱かれているということだ。男に抱かれる事が、遊女としての仕事なのだから。

「良かったね」

 柔らかい笑顔を崩す事無く、千秋はその言葉を口に乗せる。玲奈の頭を撫でて、本当に玲奈が遊女として上手く行くことを喜んでいるようだった。

「……はい、ありがとうございます」

 心を締め付けられているようだった。千秋の一言で、これほどまでに胸が痛くなるなんて。




◆◇◆◇◆




「…っんっ…ふ…」

 他の客とするとき、玲奈は目を閉じる事にしていた。感覚を殺し、嫌悪感を抑えていた。けれど、今は違う。全身で千秋を感じたかった。薄く開かれた瞳と視線を絡めながら、唇を重ねる。千秋の手が触れる部分が熱くて、背中に触れる褥が冷たく感じる程だった。

「ぁ…っん……」

 千秋の唇が離れようとすると、玲奈は自分から顔を寄せた。

「…くす、どうしたの…?」

 何度も、甘えるみたいにキスをねだる。ろくに触られてもいないのに、キスだけで濡れているのを感じた。

「…っん!」

「……すごいね…こんな…」

 それを千秋に指摘され、身体が更に火照るようだった。

「もう大丈夫かな…」

 いつも、異物が入って来るその感覚は、苦しみ以外の何でもなくて。玲奈の中は最高だと客は言うけれど、抱かれるたびに、千秋と比較してしまう自分がいた。

「…っっぁ、あぁっ――っ」

 久しぶりに感じる千秋の感覚。その猛りが最奥を突いた瞬間、玲奈は達してしまった。

「…あれ、大丈夫?」

「…はぁ…ん、だいじょうぶ、です…」



 千秋が中を穿つ。擦れる度にどうしようもなく気持ち良くて、千秋が達し、終わった頃には玲奈はもう全身力が入らなくなってしまっていた。




◆◇◆◇◆




 冷たい手が、玲奈の頬を撫でていた。まだ余韻の消えない身体で、浅く呼吸しながら、視線で千秋を探す。見える範囲には見つからなくて、仕方なく頬に触れる手に自分の手を重ねた。

「くすくす、今日は随分甘えん坊だなぁ」

 後ろから聞こえた声に、千秋のいる方向がわかった。身体をころりと回し、いつものように頬杖を突いてこちらを見ている千秋を見つける。

「………逢いたかったので…」

 千秋に対して、手管を使おうと思った事はない。これは、玲奈の本当の気持ちだった。

「上手だね」

「……」

 千秋に何を言っても、それは遊女の言葉でしかないのだろう。どんなに一生懸命口にしても、それは他の客に言っているような手練手管と同じ価値にしかならない。



 千秋に対して、もう何も言えそうになかった。全て本当のことを伝えても。どんなに逢いたかったと言っても、次もまた来てほしいと願っても。



 それが全て、偽りに聞こえるなら。









[2019年 3月 13日改]