昔話をしようよ 花咲く野原 オレンジの大海《たいかい》 瞬《またた》く闇 命が生まれたのは いったいいつだったんだろう この世界で 一番最初の命《ひかり》は どこで生まれて どこで朽ちたんだろう 昔話をしようよ ―――もう、未来《さき》を見る事ができないなら Episode 014. Air-Filled Chamber - 満たされた部屋 - シルヴィアは、目覚めると知らない部屋にいた。知らな天井、知らない間取り、知らない壁紙、知らない窓の外。ベッドに横たわったままくるりと辺りを見渡して、また首をかしげる。以前の記憶をいくらさらっても、ここに来た記憶はない。 「………オルソ…?」 確か意識を無くす前自分は熱を出して、側にはオルソがいたはずだ。そう思い、シルヴィアは彼を呼んだ。けれど彼の姿はどこにも見えなかった。部屋は温かく、お腹もすいていなかった。シルヴィアは考えようとするのだが、どうにも頭が働かない。仕方が無いと、もう少し眠ることにした。 -†-†-†- 時は少し遡《さかのぼ》る。そこには、シルヴィアを抱きかかえた、オルソの姿があった。彼はいつになく険しい顔をして、彼らしくない、傲岸《ごうがん》な態度をしていた。彼は村の中心で、彼の姿に怯える村人を、少し高い所から見下ろしていた。松明《たいまつ》の明かりに照らされた漆黒の羽は、見る人に恐怖を与えるのに十分だった。その金の瞳は、人々を睨め付けて離さない。 「…愚かな」 オルソは一言、村人に向かって言い放った。呟いた程度でも、人々は不思議と耳元で囁かれているようにはっきりと聞き取った。更に怯える人々を見て、オルソは続ける。 「この娘は、自らを差し出す事で、お前らを守っていたというのに」 松明の火が、勢い良く燃え上がった。村人は驚いて、手からそれが滑り落ちる。地面に落ちた松明は更に強く燃え続け、周りにいた人々はにわかに慌て始めた。 「この娘は貰って行く。その火は三日三晩、消えることはないだろう。自らの浅ましさを、身を以て知れ」 オルソは言い終わると、シルヴィアを抱えたまま空へ飛んだ。暗い闇にとけ込むように、その姿はすぐに見えなくなった。火は瞬く間に大きくなり、人々や家々を飲み込もうと猛威を振るう。逃げ惑う人々は、心底後悔しているのだろう。そうでなければ、こんな芝居をした意味がない。 オルソはシルヴィアを抱えたまま、村から少し離れた所にある森に降り立った。そして揺れぬようにゆっくりと、歪みの空間を歩いて行く。オルソはこの事を、彼女に言う気はなかった。シルヴィアは、きっとオルソのしたことを知れば彼を許しはしないだろう。けれどどうしても、シルヴィアの不名誉な噂をそのままにしておきたくはなかったのだ。シルヴィアは、悪魔に脅されていたのだ。悪魔の標的にされた村を、自らが生け贄になる事で救おうとしたのだ。そういう事にしておきたかった。優しいシルヴィアを、人々に思い出してもらえるように。 -†-†-†- オルソはシルヴィアを自分のベッドに降ろすと、その髪の毛を一束掬った。 「……」 なんて言っていいのかわからなかった。一か八かの賭けに、オルソは勝利していた。それは、どのくらいの確率で起こることなのだろうか。 「……ありがとう」 オルソは一言呟くと、そっと彼女の髪に口づけした。 -†-†-†- 「オルソ、どうして駄目なの?」 「どうしてもだよシルヴィア。君は、もう僕の側を離れられない」 「だから、離れると言ってるんじゃないのよ。村に帰りたいの。少しでもいいわ。お願い、オルソ…」 「行ってどうするの? 君はあの村では嫌われていたじゃないか。行ったって嫌がられるだけだ」 「…オルソ…どうしちゃったの…」 シルヴィアは、オルソの様子が変わったことに戸惑っていた。気弱な悪魔だったオルソが、この悪魔の里に来てからはどこか頑《かたくな》だ。 「オルソ、ねぇ、少しだけ…きゃぁ!?」 シルヴィアが必至に食い下がろうと、オルソの腕に手を乗せると、オルソはその手を取って自分の方に引き寄せた。そしてくるりと身体を回すとシルヴィアを持ち上げてベッドに放り投げる。何が起きているのか、シルヴィアには考える暇も無かった。オルソはシルヴィアの手を片手で封じると、もう片方で彼女の顎を掴んだ。 「―――んっ!」 そのまま荒々しくキスをされて、シルヴィアは彼の意図を知る。今まで、どれほど一緒にいても微塵も感じたことの無い空気。悪魔も人も関係ない、雄としてのオルソの姿だった。 「…どうして…離れようとするの」 「オルソ…っん、やめて…っ!」 「ねぇ。きっと、帰ったら、もう帰って来ないんだよ」 「…っん、やぁっ」 乱れた衣服の隙間から、オルソの長い指が彼女の肢体をなぞる。荒っぽい腕に比べて、指先は柔らかく、優しく、執拗だった。胸の頂きを弾くと、シルヴィアの身体は簡単に熱を持ち始めた。シルヴィアは、オルソの行動に驚いていた。こんな風に女を扱うなんて。捉えられたままの両手は、相変わらず自由にならない。脚の間にオルソの身体を挟むような体勢で、シルヴィアが自分を守る術など無かった。 「―――っん、やめ…オルソ…」 「離したくない。嫌ってもいいよ。僕は、一時だって離せない」 村は、殆どが焼けてしまっていた。シルヴィアが目覚める前に見に行った時には、村びとはどこかに非難していたらしいが、村は炭と化していた。そんな姿になったあの村の今を見て、シルヴィアがどういう行動を取るのか、オルソにはわかっていた。 このわき上がる、想いはいったいなんなのだろう。恋や愛だと言うなら、なぜこんなにも破壊的な気持ちになるのだろうか。 「愛じゃないよ…」 「…っえ…?」 胸をしごく手を、腹を伝って脚の間へと滑らせた。シルヴィアは、目に涙をためて懇願している。オルソは、自分は悪魔なのだと、この瞬間に思った。彼女の涙に、情欲はよけいかき立てられた。止めるように言う声は、恐怖で震えていた。見た事のない、オルソの雄の部分に対する恐怖と、感じた事の無い、わき起こる快感に対する恐怖で。 ―――こんなの、愛なんかじゃない。 こんなに怯えさせて、成り立つ愛があるわけがない。オルソは自分に言い聞かせて、またその感情の名前を探し始める。 「…っいやぁっ! オルソ、…っも、やめて…っ!」 充血した突起は、指がそれにあたる度に彼女の奥をうずかせた。溢れる密液を指に絡ませて、そのまま奥へと挿入する。 「―――っ!」 涙が、落ちるのを見た。オルソはそれを綺麗だと思った。彼女は、中をかき回される異物感に、ぽろぽろと泣いてみせる。口を引き締めて、声を出さないよう、必至に鼻で息をする。オルソは指を引き抜いて自分のものを取り出すと、そのまま彼女の秘孔にあてがった。 「……っい…っ」 痛い、と、その一言すら言えないようだった。ぎちぎちと中を押し進むと、全てが入った所でその動きを止めた。そして彼女の息が落ち着くのを、少しだけ待つ事にする。 「…全部、僕のものだ…」 「………さい、てい…だよ…。こんな…」 震える声さえ、可愛いと思う。病的に、彼女を独占したい。柔らかく微笑む彼女が好きだった。彼女の笑顔を見ると、心が安らいだ。けれど、その彼女が泣いていても、どうしてか嬉しかった。胸の上に散った、いくつもの赤い花は、彼が今しがたつけたもの。太ももを伝う赤い血も、彼女の破瓜の証。彼に貫かれた証。涙に濡れたその瞳は、はっとする程綺麗な蒼だった。ブロンドの髪は乱れ、汗で身体に張り付いている。何もかも、官能的で美しい。愛情ではない。それは、劣情だった。 「どう思ってもいいから…」 「…っ」 「だから、どこにも行かないで…」 呟くと、オルソは腰をゆっくりと揺すり始めた。打ち付ける度に、小さく悲鳴を上げる。束ねていた手を解放すると、その手は力なくうなだれた。抵抗する気は、もうないのだろう。オルソはシルヴィアの唇に自分のそれを這わせた。薄く色づく唇に舌を入れ、丹念にかき回す。中に引っ込んだシルヴィアの舌を探り当てると、優しく吸い付いた。何もかも、温かいシルヴィアの身体。それをきゅ、と抱きしめて、その劣情を吐き出した。 -†-†-†- シルヴィアは、いつものベッドの上で目覚めた。今はいったい、夜なのだろうか、昼なのだろうか。横には相変わらず、オルソが横たわっている。抱かれる度に、自分の身体が敏感になっている事に気づかされた。いつも、可愛い弟のように思っていたオルソは、紛れも無く雄だったのだ。結局は、シルヴィアはこの部屋から出してもらう事もなく、毎日オルソと身体を繋げていた。少しでも離れようとすると、途端にベッドに組み敷かれてしまう。そうしているうちに、シルヴィアの身体に変化が起きた。 「……匂いが…」 「え?」 「……匂いが変わったんだ…」 首を傾げると、オルソはシルヴィアの身体を引き寄せて、腹に耳を当てた。 「鼓動が…二つ聞こえる」 「…え…? それって…」 子供が出来たということ? 声にならない疑問に、オルソは目で答えた。 「……子供…」 悪魔と、人間の子供。それは、いったいどのようなものなのだろうか。 「…聞いた事ないよ。そんなの。……産まない方が良い」 「…え? オルソ…?」 「殺してしまった方がいい。シルヴィアの身体に、悪い影響がでるかもしれない」 シルヴィアは信じられない、という目でオルソを見た。せっかく命が宿ったのに、喜ぶ所かその命を摘んでしまおうだなどと。 「……駄目よ」 「でもシルヴィア…」 シルヴィアは、オルソを鋭い視線で見た。彼女のこんな表情を今までに見た事が無かったオルソは、それだけでたじろいでしまう。 「…シルヴィア、僕の…悪魔で、しかも無理矢理に君を犯した…僕の、子供なんだよ? 本当に産みたいの」 最初、シルヴィアは確かにその行為を嫌がった。だから何度も、嫌がるシルヴィアを押さえつけて、彼女を犯した。自分の中の劣情を、悪魔の性なのだと理由付けたけれど、そんなものではない事はわかっていた。自分に勝つ、意思さえないのだ。シルヴィアはそのうち、その行為を大人しく受け止めるようになった。その度に、オルソは自分の身勝手さに打ちのめされていた。自分の弱さを、シルヴィアの強さに補わせているのだと、自分に対する嫌悪感で一杯だった。だから、ゆっくり、彼女に考える時間をたっぷり与えるように、とてもゆっくり、聞いたのだ。 永遠に、このまま時間が止まってしまったのか、そう思わせるような一瞬が流れる。彼女は少し息を止めて、そのアーモンド型の目を瞬かせる。 「……何を言っているの」 「え」 「私が、いつも嫌々貴方に抱かれていたと思っているの?」 「…え?」 オルソの顔に、シルヴィアはにこりと笑った。 「…確かに、最初の頃の強引な感じ、貴方らしくなくて嫌だったけれど、でも、わかってるつもりよ? 貴方の気持ち…」 「…嘘だ」 「……きっと、それを自分では認められないと言う事も」 「……」 オルソを見つめる瞳は、晴れ渡った空のように透き通った蒼だった。瞳の奥が見えてしまいそうなその瞳に、彼は視線を外してしまう。 「……君は、僕を憎んでるんだ」 「どうして」 「…僕は、君を愛してない」 「…オルソ…」 暗示をかけるように呟くオルソを見て、シルヴィアはため息をついた。 「…いいわ。貴方がそう思いたいなら。けれど、子供は産みます。いいわね」 はっきりと告げたシルヴィアの言葉に、やはりオルソは納得できていなかった。悪魔とヒト、その交配の結果生まれる命は、いったいどのようなものなのか、まったく予想ができなかった。 -†-†-†- 「いい加減、諦めて。順調に育ってるじゃない」 シルヴィアの妊娠から、四ヶ月近く経った。彼女の腹はもう臨月なのではと思わせる程大きくなっていた。オルソの傍ら、シルヴィアは彼に問いかける。 「ねぇ、名前、何にしましょうか」 楽しそうなシルヴィアに対し、相変わらずオルソは気乗りしない様子で答える。 「……ネフィリム」 「どうして?」 「……雑種だから」 「…もう」 オルソは、シルヴィアの事に対してはかなり気を遣っていた。子供のいる身体である事も、それなりに気をつけていた。けれど、子供を産まない方がいいという考えを曲げる事はしなかった。 「…ねぇ、お話をしてあげましょうか」 「え? …うん」 久しぶりなシルヴィアの提案に、オルソは少し戸惑いつつも頷いた。優しい優しい、彼女の声が部屋に満ちる。オルソは目を閉じ、彼女の語る世界に身を預けた。 彼女が語るのは、孤独な天使の話だった。天界で外れものとして扱われていた天使は、自分の居場所を求めて地上へと降りる。そして、人の心の汚れを見て、それに失望していくのだ。地上を回った天使は、その心の汚さに自分も汚染されてしまったと思い込んでしまった。結局地上に天使の居場所は無く、天使は天界に帰ろうとした。けれど思ったのだ。この地上で汚れてしまった自分は、天界へ戻っても更に外れものとして扱われるだけなのではないか、と。天使は天界へ戻る事を怖れ、地上よりも更に下、魔界へとその身を堕とす。そして、天使は自分の事を悪魔と名乗るようになった。 「…少し、力が強かっただけなのよ」 孤独な天使は、けれどその力が強かった。その子孫も力を引き継いでいた。いつしか、悪魔はその力の強さゆえに、ヒトから呼び出されるようになった。ヒトはその力を、自分の為に使った。ある時は他国を攻撃し、あるときは主を殺させ、あるときは意中の娘を攫わせて。 シルヴィアの話を聞いていたオルソは、目を開けた。その話が、シルヴィアの作り話なのか、本当の話なのかはわからない。けれどオルソはその話が本当ならいいと思った。悪魔は、悪魔だったのではない。最初から悪魔として生まれたのではない。そう思える事は、とても心を楽にさせる。 「名前は、カレルにしましょう」 「え?」 「いいでしょう?」 「……」 子供を産む事に今だ賛成できないオルソは、曖昧に言葉を濁した。優しい、優しい彼女の声が軽やかに笑う。 「きっと、とてもいいこに育つわ。それこそ、”天使”のように」 悪魔の子が、天使になれるはずもない。そう思ったが、オルソは言う事ができなかった。彼女がとても楽しそうに、当たり前のように話すから。 「”悪魔”と名乗った天使のお話、続きがあるのよ」 「どんな?」 「ふふ」 シルヴィアは笑っただけで、それを教えてはくれなかった。 -†-†-†- ある早朝に、シルヴィアは子供を産んだ。悪魔である事を主張するように、その背中には黒い羽があった。瞳を開けたその赤ん坊を見て、シルヴィアは嬉しそうに微笑んだ。男の赤ん坊の瞳は、金と蒼のオッドアイだったからだ。 「へ〜ぇ。珍しい事もあるものねぇ」 「まじだ。赤ん坊なんてここ何百年も見てねぇな」 何か珍しいものは無いかと、魔の里を飛び回っていたティントレットとドナテルロは、世にも珍しい悪魔の赤ん坊を見つけた。そして何よりも、そのおぞましいと表現してもいいだろう、青白い赤ん坊を愛しそうに抱くブロンドの髪の女に興味を示した。 「あらぁ。あなた、人間じゃなぁい?」 「へぇ。また珍しいものがあったな」 側にいたオルソは戦闘態勢を取るが、シルヴィアは彼をなだめた。 「綺麗な羽の色ね。あなた達も見る? 近くにいらっしゃい。可愛いでしょう、私のカレルは」 ティントレットとドナテルロは、ますますこの女に興味を持った。悪魔を見て、怖がるどころか、親し気に話しかけてきたのだ。更に、その表情は作り物独特の不自然さがまるでなく、綺麗な笑顔だった。 「おい、近づくな…」 「オルソ、止めて」 隣にいるのは、変わり者で有名なオルソだ。ティントレットとドナテルロも、暇なときは遊び相手をしてもらった事があった。その悪魔が、まさかこんなに面白いものを持っているとは驚きである。ティントレットは艶かしい衣装をちらちらとはためかせながら、窓から室内へと飛び降りた。そして小さな赤ん坊の所に行くと、息がかかる程近くでそれを観察する。ドナテルロも同じく室内に入ると、オルソが睨みつける中、シルヴィアの手を取った。 「混血ってことぉ? やだぁ、初めて見たわ」 「綺麗なお姉さん、こんな奴止めて俺にしない?」 自由な彼らの雰囲気を、やはりシルヴィアは怖いと思わなかった。彼らは悪戯が好きな、子供のように無邪気だ。 「カレルって言うの。よろしくね? あなた達のお名前は?」 「…。俺の事は無視なのね。俺はドナテルロ」 「あたしはティントレットよ。お姉さんは?」 「シルヴィアよ」 オルソは未だ警戒を解いてはいなかったけれど、楽しそうに話すシルヴィアを見守ることにした。いつもは敵でしかないドナテルロやティントレットも、どこか楽しそうに見えた。それはオルソで遊ぶときの猟奇的なものではなく、純粋に興味を持って話しているように見えた。 -†-†-†- ドナテルロとティントレットは、それからよくオルソとシルヴィアを訪ねるようになった。ふらっとやって来ては、二、三言葉を交わしてまたどこかへ行ってしまうこともしょっちゅうだったが、時にはシルヴィアと何時間も話していくこともあった。オルソは彼らが来る度に、心配でどうしようもないのだが、シルヴィアはそんな事も楽しんでいるようだった。 カレルは日に日に育ち、一ヶ月が経つ頃には言葉を理解するようになった。カレルを膝に乗せ、今日もシルヴィアは窓の外を見て、うたを歌う。 「どうしていつもそのうたなの? 何か願っている事があるの?」 祈りのうただと言う事は、オルソもわかっていた。生活に不満があるなら、オルソは彼女の為に何でもするだろう。けれどその願いがわからないのでは、叶えようがない。オルソの問いに、シルヴィアは微笑んだ。 「ふふ。良いの。きっと、叶うから」 我が子を抱きながら、静かに彼女はうたう。オルソはうしろから、シルヴィアを抱きしめた。オルソは、最近、どこか不安だった。自分たちの寿命と、シルヴィアの寿命は違うから。今手にしているものが、いつの間にかすり抜けていってしまうような気がしていた。 「……オルソ? どうしたの?」 彼女は笑う。いつものように、柔らかく、優しく。 「悪魔なのに…変かな」 「…なあに?」 オルソは、シルヴィアに抱かれている子供の瞳を見た。左右色違いのその瞳に、確かに自分たちの面影を見ることができる。 「奇跡だと…思うんだ」 「……そう」 シルヴィアはそう呟いて、少し黙った。変な事を言っているのはわかっているが、彼女の反応が気になって仕方が無い。オルソは少し、彼女を抱きしめる力を強めた。そして、沈黙を破る優しい声が聞こえた。 「悪魔と呼ばれている者が、悪魔的であるなんてわからないのよ。貴方は、ちっとも変じゃないわ」 シルヴィアの声を聞いて、オルソは泣きたくなった。顔を見られないように、更に腕に力を込めた。 ―――シルヴィア…。 全ての命は、いつか必ず絶える。短いか長いか、それは何を基準にするかで変わってしまう。何千年を生きる彼らにすれば、酷く短い彼女の命。 ―――何かを奇跡と呼んで良いなら…そう、呼んでみたいんだ。 一瞬しか生きない多くの人間の中から、彼女を見つけた。何千何万のひかりの中から、見届けたいと願う、命を見つけた。シルヴィアがここにいることを確かめるように、しばらくの間離さなかった。 -BEASTBEAT 悪魔の天使-